その愛、買います


...13

 似てる。一目見て、思った。
 そっくりというほどではない。二人が並んだ姿を見ても、姉妹なのかと思うような人はきっといない。だけど、顔の系統というか雰囲気というか、そういったものはかなり近い位置にあると思う。はっきり言って、私より彼女のほうが明らかにかわいいしスタイルも良いけれど、どちらかをよく知る人がもう一方を見たならば、なんとなく似ている、と感じるのではないだろうか。
 ――はるくんも、そう感じたのだろうか。はじめて、私を見たときに。

「ちょうどよかった! もうここで会っちゃったね」
 言いながら私たちの目の前まで歩いてきた彼女に、「かすみ」と加納くんが声を掛ける。私がはるくんの部屋で着たときとは違う。おしゃれな明稜高校のセーラー服が、とてもよく似合っている。すっきりとしたショートヘアも、はつらつとした彼女の雰囲気とよく馴染んでいた。
 かすみ、と呼ばれたその子は、加納くんから私のほうへ視線をずらすと、ぱっと笑顔を浮かべて
「あ、はじめまして! まひろちゃんだよね?」
 底抜けに明るい、おひさまみたいな笑顔だった。眩しさに、思わず目を細めたくなってしまう。「うれしい。会ってみたいなあって思ってたんだ」初対面とは思えないほど親しげに、けれど不快さは感じさせない人懐っこさで
「あたし、かすみ。小島かすみっていいます。よろしくね」
「あ、うん。よろしく、お願いします……」
 急な展開に戸惑って、思わず隣の加納くんのほうを見たけれど、目は合わなかった。加納くんは目の前の女の子のほうを向いたまま、「じゃあ、かすみ」と口を開くと
「俺は帰るわ」
「え、帰るの?! いっしょに来ないの?」
「瀬名に会いたいっつったのはお前だろ。あとはお二人でごゆっくりどうぞ」
 それだけ言うと、くるりと踵を返し、あとは振り向くこともなく歩いていった。今日の目的はこれだったのか、と私はようやく合点がいく。あーあ、と不満げに口をとがらせて加納くんの背中を見ていた彼女は、けれどすぐに気を取り直したようにこちらへ向き直ると
「ね、まひろちゃん、とりあえずそこのドトール行かない?」
 と、また底抜けに明るい笑顔を見せた。

 初対面の人と二人きりで向かい合っている状況に私は思いっきり緊張していたけれど、かすみちゃんのほうはリラックスした様子でミルクティーをひとくち啜ってから
「今日は急に時間作ってもらってごめんね。ありがとう」
「あ、ううん。暇だったから、全然」
 かすみちゃんが来るとは聞いていなかった、とは言えなかった。聞いていたらきっと、私は来なかった。だから加納くんは言わなかったのだろう。
「会ったみたかったんだ、ずっと。まひろちゃんに」
 私の困惑なんて知らず、かすみちゃんは相変わらずにこにこと笑いながら
「あの晴也の彼女さんだもん。どんな子なのかなあって気になって」
「……あの?」
「だって晴也、中学の頃は全然彼女とか作る気ないみたいだったんだよ。けっこうもててはいたのに。告白したって子も知ってるし。でも全然、晴也のほうはそんな気ないみたいでさ。それが高校に入った途端、速攻で彼女作ったっていうから、いったいどれだけドストライクな女の子に出会ったんだろうって」
 そこでかすみちゃんが、あらためて確認するようにじっと私の顔を見つめてくる。私は恥ずかしくなって思わずうつむいてしまった。そんなにハードルが上がっていたとは知らなかった。きっと絶世の美少女を期待していただろうに、私を見てさぞかしがっかりしたのではないのだろうか。罰の悪さになんだか逃げ出したくなっていたら、ふふっ、とかすみちゃんが笑って
「うん、納得!」
「え?」
「晴也が好きになったのもわかる。かわいいもん、まひろちゃん」
 顔を上げると、かすみちゃんはやっぱりにこにこと笑いながらまっすぐに私を見ていた。お世辞なのはわかっている。正直な感想なんて言えるわけがない。だけどかすみちゃんの口調や笑顔はとことんからっとしていて、少しも嫌みがなかったから、ひねくれずに受け取ることができた。
「あ、ありがとう」
「晴也は幸せ者だね。よかった、よかった」
 そう言ってうれしそうに笑うかすみちゃんの顔を、私はそこではじめて真正面からしっかりと見た。白い肌に、オレンジ色のチークが映えている。ストローを咥える唇は艶があって、きれいなピンク色をしていた。口紅かな、とぼんやり考えていたら、いつの間にかまじまじと眺めてしまっていたらしい。「まひろちゃん?」と声を掛けられ、我に返った。
「どうかした?」
「あ、ううん。あの、かすみちゃんの唇、きれいだなと思って」
「え、ほんと? ありがとう!」
 ぱっと弾けるように笑ったかすみちゃんは、横の椅子に置いていた鞄を開けて、おもむろに中からポーチを取りだした。
「最近買ったリップ塗ってるの。きれいな色でしょ。あたしもお気に入りなんだー」
 歌うように言いながら、手に取ったポーチを開ける。そうして中から一本のリップを取り出し、「ほら、これ」と見せてくれたけれど、私はリップなんて見ていなかった。「それ」と、彼女の手にあるポーチを指さし、口を開く。
「私もそれ、持ってる。そのポーチ」
「えっ、そうなの?」
 私も鞄を開け、中からポーチを取りだした。先日買ったばかりの、うさぎのキャラクターの顔型ポーチ。大きさも生地もまったく同じそのポーチをかすみちゃんに見せると、「わあ」とかすみちゃんは感動したような声を上げた。
「すごい! 同じの持ってる人はじめて。まひろちゃんも好きなの?」
「……うん」
「あたしも昔から大好きなの。かわいいよね。ポーチだけじゃなくてね、見て、手帳もなの。ほら、シャーペンも」
 同じ趣味の人に会えたのがうれしいのか、かすみちゃんは興奮した様子で次々に鞄から同じキャラクターのグッズを取り出していく。本当に好きなのだろう。なかなかのコレクターっぷりだった。手帳、ペンケース、シャーペン、ハンカチ。見事に同じキャラクターで揃えられたグッズたちがテーブルの上に並んでいくのを、ちょっと圧倒されながら眺めていると
「でもうれしいな。あんまり周りに好きな人いないから。ていうかはじめて会ったかも! すごい偶然だね!」
 ――違う。偶然じゃない。
 あの日、熱心にこのキャラクターのポーチを眺めていたはるくんの横顔を思い出す。
 あのとき、はるくんはなにを見ていたのだろう。
「……ねえ、かすみちゃんは」
「うん?」
「彼氏とか、いないの?」
「いないねー。残念ながら」
「でもかすみちゃん、かわいいし、もてそう」
「えー、ありがとう! まひろちゃんだけだよー、そんなこと言ってくれるの」
 頬に手を当ててけらけらと笑ったかすみちゃんは、少しして、ふと声を落とすと
「実はね、好きな人はいるんだ」
「好きな人?」
「うん、完全なる片思いなんだけどね。近所に住んでる年上のいとこ。小さい頃から、もう十年来の片思い。すごいでしょ」
「……告白は、しないの?」
「しないかなあ。とりあえず今は。だってその人、彼女いるんだもん。残念ながら」
 底抜けに明るく笑っていたかすみちゃんの顔に、ふと影が落ちる。「でもね」ちょっと寂しそうに、静かに笑ったかすみちゃんの表情は、急に大人びて見えて、なんだかどきりとした。
「諦めきれないの。今はどうしても、その人以外考えられないんだ。バカみたいだけど」
 はるくんはどんな気持ちで、こんなふうに笑うかすみちゃんを見てきたのだろう。

 なんだかこれ以上かすみちゃんの顔を見ていられなくなって、私はテーブルの上に視線を落とした。かすみちゃんが見せてくれたリップを手に取る。そうしてメーカーを確認するように、まじまじと眺めながら
「かすみちゃんの、その、チークもかわいいね」
 ぎくしゃくと話題を変えても、かすみちゃんは気にした様子もなく、「ほんと?」とうれしそうな声を上げた。
「いつもオレンジなの?」
「うん、だいたいいつもオレンジ。ピンクとか似合わないんだよね、あたし。そういえば、まひろちゃんもオレンジだね。ここも気が合うねー」
 あっけらかんと笑うかすみちゃんのおひさまみたいな笑顔には、たしかにオレンジ色のチークがよく似合っている。白と藍色のセーラー服も、すっきりとしたショートヘアも、うさぎのキャラクターの顔型ポーチも。全部、かすみちゃんのために存在するものみたいに、本当によく似合っている。
「ね、まひろちゃん。今度いっしょに買い物とか行かない?」
「え」
「あたしたち、趣味合う気がするもん。まひろちゃんと服とか見に行ったら楽しそう。そういえば、ほら、あたしたち髪型もよく似てるし!」
 かすみちゃんは楽しそうに笑って自分の頭を指さす。顔周りの髪だけ少し長めに残して、襟足はかなりすっきりとした、涼しげなショートヘア。ああ、これだったのか、と私は思う。ちょっと間違えていた。こんな、重ためのショートボブではなかったのだ。短い髪が好きだと言ったはるくんの頭にあったのは、きっと、こんなショートヘアだったのだろう。
 はるくんが、私に求めていたのは。