「ダブルデートとかさ、してみたいよね。いつか」
 直紀に彼女ができたらしいという報告をしたとき、なっちゃんがそんなことを言っていたので、夏休み最後の日曜日に、四人でどこか行かないかと直紀へ持ちかけてみた。直紀の彼女は人見知りが激しいという話は聞いていたので、あまり期待はできないかと思っていたが、しばらくして、彼女からの確認をとったらしい直紀から返ってきた返事は、意外にもオーケーとのことだった。
 行き先はこっちに任せるとのことだったため、なっちゃんと、行こう行こうと言いつつ行きそびれていた、最近新しく出来たという遊園地へ行くことにした。

 
 当日、なっちゃんと共に待ち合わせ場所へやって来た俺は、予想外の光景にしばらくぽかんとしていた。
「ついてくるって聞かなくてさ。いいよな? この二人も一緒で」
 説明を求めて直紀のほうを見れば、さばさばした口調でそんなことを言われ、鼻白んだ。
「俺、あの二人とはほとんど面識ないんだぞ」
 恨みがましく抗議してみても、直紀はあっけらかんとした様子で
「大丈夫だって。二人とも話しやすいし」
 そりゃ、直紀にとってはそうなんだろうが、と心の中で忌々しく呟く。直紀は気づいていないらしい。あの二人は、直紀と俺とでだいぶ態度に差がある。
「だいたい、あの一年生が人見知りするからって、あんまり大人数はやめてほしいって言ってたのそっちだろ」
「ああ、大丈夫。白柳、あの二人とは仲良いから」
 本当かよ、とまた心の中で呟いてから、彼らのほうへ目をやった。太陽の下で、明るい茶色の髪がやけに眩しく見える。「わあ、柚ちゃん、そのネックレス可愛いねー!」と、先ほどからしきりに話しかけているその子に、柚ちゃん、と呼ばれた彼女は明らかにびくびくした様子で言葉を返している。どう見ても、あまり仲が良さそうには見えなかった。
「いいじゃない。大人数のほうが楽しいよ」
 なっちゃんは相変わらずいい子だ。さっぱりした口調でそう言われ、仕方なく俺も同意した。

 まずは、とりあえずお互いに自己紹介をしておいた。ダブルデートをするはずだった今日、予定外に着いてきたその二人は、園山みなと高須賀駿だと名乗っていた。彼らとは以前一度口をきいただけだったが、そのときの印象が強烈だったため名前はしっかり覚えていた。そしてその印象は、お世辞にも良いとは言い難かった。初対面にもかかわらず、やたら攻撃的な物言いでなっちゃんへの気持ちを疑われたのをはっきり覚えている。
 そんなわけであまり気乗りはしなかったが、これ以上直紀に文句を言うのはやめた。この二人について悪く言うと、直紀は結構本気で怒る。粟生野との一件の際に、彼らが終始直紀の味方をしていたことは知っていた。直紀は昔のことをぐちぐち言ったりはしないとわかっているが、もしそのときのことを持ち出されると正直怖いので、俺はこの二人に対してはなんとなく立場が弱い。
「よろしくねー、刈谷くんに桜さん」
 以前のことはもう忘れたのか、覚えているが気にしていないのかはわからないが、園山さんはそう言って人懐っこい笑顔を見せた。なっちゃんも朗らかに笑って、よろしくね、と返している横で、俺は曖昧に頷くのが精一杯だった。

「ねえねえ、まずはあれいっとこー」
 遊園地に着くなり、園山さんが指さしたのは、ここの目玉らしい巨大なジェットコースターだった。皆が頷く中、俺と白柳さんだけが、え、と尻込みをした。
「悪いが、俺はいい」
 急降下する際の、胃の浮くような感覚がどうも駄目で、俺は一度乗ったきりジェットコースターを避け続けている。えー、となっちゃんが残念そうな顔をしていたのは心苦しかったが、こればかりは、いくらなっちゃんのためでも無理だ。
「あの……私もいいです」
 遠慮がちに手を挙げてから、白柳さんが小さな声で言う。すぐに直紀が思い出したように
「あ、そっか。白柳、高いところ駄目だったな」
 そういうわけで、俺と白柳さんは側のベンチで皆を待っていることになった。ベンチを離れるときに、
「健太郎、白柳よろしくな」
 直紀がやけに真剣な表情で言った。苦笑しつつ、はいはい、と軽く頷いておく。彼女のほうを見れば、なんだか不安げな表情で直紀の背中を見送る横顔があって、また苦笑した。
「すぐ戻ってくるだろ」
 そう声を掛けると、白柳さんがあからさまにびくっとしてこちらを向いたので、俺も驚いた。白柳人見知り激しいから、という直紀の言葉を思い出して、遅れて、二人残されたことに気まずさが襲ってくる。思えば、この子ともほとんど面識はない。なにを話せばいいのやら、まったくわからない。
 とりあえず沈黙は気まずかったので、あー、と意味もなく呟いてから
「暑いな」
 そんな愚にもつかないことを言えば、
「そ、そうですね」
 緊張した様子で、ぎくしゃくと言葉が返ってきた。
 会話はすぐに途切れ、再び気まずい沈黙が戻る。直紀早く戻ってこい、と念を送りつつジェットコースターのほうへ目をやってみたが、ジェットコースターにはそれなりの行列が出来ており、四人はまだだいぶ後ろのほうに並んでいるのが見えた。なっちゃんと高須賀が話しているのを見て、大人げないと思いつつもちょっとむっとする。高須賀はなっちゃんと同じクラスだというのがまた気に食わない。さっきも、同じクラスでないと入り込めない、宿題の話題などを二人で話していたので結構面白くなかった。
 などと考えていたから、少しけわしい顔になってしまっていたのか
「あ、あのっ」
 唐突に、白柳さんが上擦った声を上げた。彼女も同じような気まずさを感じていたらしい。
「ここ、前に来たことありますか?」
「いや初めて。白柳さんは?」
「私は一回だけ……あの、夏休みに入ってすぐに、先輩と一回来ました」
「え、そうなのか」
 いいな、どうせなら俺もまずはなっちゃんと二人だけで来たかった。なんでダブルデートなんて持ちかけたんだろう。まあなっちゃんは楽しそうだが。それはそれでちょっと寂しいが。そんなことを考えていると、またけわしい顔になっていたらしい。白柳さんがひどく困ったように、「あ、あの、えっと」と慌てて次の話題を探しているのに気づいたので、少し反省した。
「なあ、俺って怖いのか?」
 ふと気になってそんなことを聞いてみると、白柳さんは驚いたように目を丸くしてから
「怖くないです!」
 急に意気込んで声を上げるものだから、びっくりした。
「いや別に、怖いなら怖いでいいんだが……実際、結構言われるしな」
 180近い身長と、周りから言わせると俺は普段から仏頂面らしく、初対面の相手――とくに白柳さんのような女子にはよく怖がられる。そのため、頷かれることも十分承知した上での軽い質問のつもりだったのだが、白柳さんは全力で首を振り、否定した。
「怖くないですよ、全然! だって」
 そこで白柳さんは、ふっと表情を和らげると
「先輩のお友達ですし。だから怖くないです」
 なんのためらいもなく、そう言い切った。それがあまりに真っ白な言葉だったので、直紀の代わりに、なぜか俺のほうが照れてしまった。
 その後は結構打ち解けられたと思ったのだが、直紀たちが戻ってくると、白柳さんはあからさまにほっとした表情を浮かべていた。やはりまだ緊張していたらしい。
「大丈夫だったか?」
 戻ってくるなり、直紀は白柳さんに真顔でそんなことを聞いていた。一体なんの心配をしていたんだ、と少し憮然とする。白柳さんは幼い笑顔で、はい、と大きく頷いていた。
「すっごく楽しかったよー、健太郎も来ればよかったのに」
 しかし、そう言って笑うなっちゃんの笑顔の可愛さに、一気に気分は良くなった。我ながら現金だとは思う。
 そのあとで、なっちゃんは思い出したように、あ、と声を上げ
「私、ちょっと飲み物欲しくなったな。向こうに自販機あったよね。行ってこよ」
 すると園山さんが、「あ、じゃあみなも行くー」と手を挙げたので
「いいよ、俺が行ってくる。何がいい?」
 長い時間座っていたので少し歩きたくなり、そう申し出た。全員分のリクエストを聞き終えてから、歩きだそうとすると
「俺も行こーか」
 高須賀が言った。六人分の飲み物を運ぶのはさすがに大変そうだと思っていたので、素直にありがたい申し出だった。続けて直紀も「あ、俺も」と言いかけたので
「直紀はいい。ここにいてやれ」
 と、すぐに断っておいた。思えば、白柳さん以外は全員二年生なのだから、彼女は俺以上に気まずい思いをしているのだろうな、と今更思い当たる。直紀によると白柳さんは園山さんたちとも仲が良いらしいが、あまりそういうふうには見えないし、なるべく直紀と一緒にいさせてやらないとかわいそうだと思った。
 じゃ行ってくるな、と告げて踵を返そうとすると
「あ、待って、やっぱりみなも行く」
 と、すぐに背中に園山さんの声が掛かった。
「トイレ行きたくなっちゃった。自販機の側にあったよね?」
 頷いて歩き出してから、げ、と思う。隣を歩く二人へ目をやり、ようやく、嫌な状況になってしまったことに気づいた。
 俺は、この二人と三人になるのだけは避けたいと思っていたのだった。




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